vol.1 「蔵を閉じるように過ごす」



text : 田中のり子

 新型コロナウィルスによる半強制的な自粛生活が終わりを告げました。今は少しずつ様子を見ながら、新しい生活を手探りしている感じですね。それにしても、自粛中は不思議な生活でした。ぽっかりとした空白が、自分のまわりを包んでいたかのようで、それ以前は「今日はこれしなきゃ」「明日はあれをして」と、何かに追われるかのように慌ただしく過ごしていたのに、取材や撮影の仕事は次々に中止、延期、延期……。今まで暮らしの中で仕事が多くのウエイトを占めていた自分は、急に支えがなくなったような感じがして、足元がふわふわするような、目を開けながら夢を見ているような日々でした。曜日の感覚がどんどんなくなって、気づいたらもう5月も終わり? えっ私、4月は一体何をしていたんだっけ?

そんな風に「STAY HOME」「STAY HEALTHY」な毎日を過ごしていると、いやおうなく「自分」と向き合わざるを得なくなりました。ウィルスや感染症について調べていくと、とにかく感染しても重篤化しないよう、「免疫力を上げねば」となります。睡眠、栄養、休息、適度な運動。そもそも「健康」というものは、どうやってでき上がっているの? どうやら、こころのありようも重要らしい。「仕事がないから収入もなくて、一体これからどうやって生きていこう」と不安を増長させたり、多すぎる情報に振り回されて、そのたびに怒ったり悲しんだり、イライラをつのらせ続けたりすると、これまた免疫力は下がるのだと分かってきます。穏やかなこころも、健康であることの大切なひとつの条件なのですね。

いつもならば、多少機嫌が悪くても、仕事に出かけたり、人と会ったりすることで、意識が外に向いてあっという間に気がまぎれていました。ところがずっと家の中にいると(家族はいるものの)、とにかく相手は「自分」ばかり。「閉じ込められている」と思うと、こころというものはどんどんバランスを崩していって、気づいたら斜めに傾いていたりします。

それを防ぐには、ほおっておくと心は傾くものだと自覚して(体を使わなければ、筋肉が衰えるのと同じように)、たとえばごはんを支度してちょっといいおかずができると「おいしそうにできたじゃん」、洗濯物をいつもよりていねいに引き出しに収めたら「おお、整頓ができてるぞ」と、何かにつけ、自分を褒めたり励ましたりして、些細なことにお楽しみを見つけて。時には手を抜いて、上がったり下がったりする気持ちを何とか乗りこなし、自分の機嫌を上手く取っていくことこそが、この自粛期間を乗り切る秘訣なのだと思うようになっていきました。

人と会って活発に行動したり、テレビやインターネットで情報を追い掛けたり、交感神経が活発なときは「太陽の時間」。自分の内面を見つめたり、自分のペースでじっくりと本を読んだり、ていねいに体のケアをしたり、副交感神経が優位なときは「月の時間」。そんな考え方を私に教えてくれたのは、セラピストであり、東京・下北沢で女性のためのセルフケアアイテムを扱うお店「マヒナファーマシー」(*1)を営んでいる中山晶子さんです。

「太陽の時間」と「月の時間」は、ちょうど東洋医学の「陰陽論」のように、どちらかだけでは暮らしは成り立たず、どちらも同じだけ大切なもの。ただ今までの暮らしは、「太陽の時間」の過ごし方については山のように情報があふれているのに、「月の時間」はおざなりになりがちだったのかもしれない。いかに「太陽の時間」を充実させるかにエネルギーを注いでばかりで、「月の時間」を補助的なものとして考えていたのかもしれない。本来は、どちらが上でどちらが下ということではなく、どちらも暮らしの両輪だったはずなのに。

以前、短期の漢方の専門学校に通っていたときに、季節の養生法について教わりました。そのときびっくりしたのが、冬の理想的な過ごし方。「閉蔵(へいぞう)」と呼ばれ、蔵の中に閉じこもるように、「行動や思いも控えめに、『気』の発散を抑えるように過ごす」ことが正しいとされているということでした。私の冬のイメージと言えば、クリスマスに忘年会にお正月、人とたくさんあって飲んで食べて、他の季節よりも何だか活発に過ごすことが当たり前のように思っていたのです。

けれども漢方の考えは、その真逆。冬の間にエネルギーの発散を最小限に抑えておくことで、次にやってくる季節に生き生きとのびやかに活動ができ、生命力を最大限に発揮できると教えているのです。陰陽論と同じように、そこに季節の優劣はありません。冬には冬の、春には春の、それぞれの役割があるのです。

「へえ~!」と感心したのは、「行動や思いも控えめにして、気の発散を抑える」という部分。気が発散されると五臓のうちの「腎(じん)」が損なわれ、気力や体力を蓄えることができず、春の気温変化などに対応しにくくなるのだとか。ちょっとした心がけやふるまいで、その後の体や心がラクになる。そんな知恵が何千年と受け継がれてきているということに、妙に感じ入ってしまったのです。

新型コロナウィルスのせいで、言わば強制的に「月の時間」にどっぷりとつかる日々が続きました。この機会があったおかげで私も、「月の時間」の過ごし方が以前よりもほんの少し上手になった気がするのです。もしかしてその分、やがて来る「太陽の時間」もさらに生き生きと過ごせるようになったかもしれない。面倒がらずに自分と向き合って、こころとからだを観察して。その習慣は、絶対に今後の人生に役立つはずだと思います。


写真は染色家、向井詩織さんの作品。月の満ち欠けのような意匠に魅かれて手にしました。「月の時間」について考えている時期に出会い、手元に置いておきたくなったものです。

(プロフィール)
衣食住、暮らしまわりの書籍の編集、雑誌のライターとして活動する。からだとこころに関する取材も多く、フラワーエッセンスや漢方について勉強中。著書に『暮らしが変わる仕事』(誠文堂新光社)、『からだとこころを整える』(エクスナレッジ)がある。

(*1)マヒナファーマシー http://www.mahinapharmacy.com

 

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