Vol.3 「ぬか漬け生活を続けて」
Text : 田中のり子
新型コロナウィルスの自粛生活以来、習慣になったことのひとつは「ぬか漬け」でした。実は過去に2回ほどチャレンジしたことがあったのですが、いずれも数週間であっけなく撃沈。自分の中で「理想のぬか漬けの味」があり、いくら続けてもそれに近づかないのと、忙しさにかまけて手入れを怠り、かびだらけにしてしまったのと……。「ズボラな私には、やっぱり無理なのよ~」と言い訳しておりました。かつて編集した本(白崎裕子さん著『白崎裕子の必要最小限レシピ』/KADOKAWA刊)の中で、ぬか漬けのすすめを紹介していたのにも関わらずです。
ところがコロナのおかげで、自然治癒力や免疫力について、真剣に考えねばいけない状況に追い込まれました。調べていくと、免疫力をきちんと働かせるためには、どうやら「腸内環境」がものすご~く重要らしい。病原菌の侵入を防いだり、有害物質を分解させたり、免疫を活性化させ、感染を防いだり! それだけでなく食べ物の消化・吸収、酵素の活性化……などなど、腸内細菌が行っている役割は本当にたくさんあるのです。
諸説あるようですが、ウィルス学者で自然派医師の本間真二郎先生の本を読むと、ひとりの人間の中に腸内細菌は1000種類以上、1000兆個以上あるらしく、総重量は1㎏から1.5㎏ほど。1ℓの牛乳パック1本ほどです。人間の細胞は60兆個と言われていますから、それの十数倍。すごくないですか? そして健康な人であるほど、多様性に富んだ腸内環境をしているのだとか。
そもそも人間というのは、多くの微生物と共生している「超個体」で、細菌など微生物の存在なしには、免疫をうまくコントロールできない生き物。それなのに現代人の腸内細菌は、農薬や食品添加物、抗生剤、過剰な除菌・抗菌グッズなどのせいで、その種類や数は激減しているのだそうです。
そこで、ぬか漬けの登場です。そもそもぬか漬けとは、お米を精米したときに出る「米ぬか」に塩とお水を加え、発酵させた「ぬか床」に、野菜を漬け込んだもの。米ぬかの中にもともといる乳酸菌、酵母などに、野菜についていた細菌類も加わって増殖させ、いわば「菌たちの楽園」を作り上げ、そこでしばらく眠って美味しい風味を得た野菜をいただく食べ物です。特定の菌だけを増やそうとする健康食品やサプリメントより、日本古来の発酵食品である糠漬けのほうがバリエーション豊かな菌を含んでいて、コンスタントに食べ続けるには、ぬか漬けのほうが断然理にかなっているらしいのです。
そんなわけで4月初旬から、お世話になっているお米屋さんで米ぬかを買って、不安ながらもぬか漬け生活をスタートさせました。最初のうちは、塩辛いばかりで、まったくぬか漬けらしい味がしない。なので「これは下味(塩味)がついた野菜なのだ」と思うことにして、薄く刻んで和え物やサラダに加えたり、炒め物に混ぜたりして食べていました。
気温が上がってくると乳酸菌が増えてきて、徐々に「ぬか漬け」っぽい風味が出てきます。しかし蒸し暑い日が続くと、表面にうっすら白いカビが生えていたり(白カビの場合は、まわりを取り除けばリカバリーできるそうです)、カビにびびって冷蔵庫に入れておくと、とたんに発酵がにぶくなり、風味が飛んでしまったり。塩が強くて野菜からどっと水分が出てしまい、ぬか床がべとついてしまったこともありました。
「トホホ……やっぱり私には、向いていないかもしれない(涙)」と落ち込んだりしていたのですが、5月に入ったあたりからガクンと味が安定し、「あれ?おいしくなっているかも?」「うん、やっぱりちゃんとおいしい!」という味わいに変化……でもいったんおいしくなったからと言って、油断は禁物。ちょっと気を抜くと(混ぜるのが不十分だったり、温度管理が甘かったり)文字通り、気の抜けた締まりのない味わいになったりして、「ぬか床って、本当に育てるものなんだな~」ということを、つくづく実感したのです。
単調だった味が、徐々に複雑で深みのある味わいになっていくには、ぬか床で育つ乳酸菌や酵母、細菌類の種類が増えていくことが不可欠なのだとか。多種多様な菌が育つことが、おいしさにもつながっているそうです。
ところで腸内細菌について勉強していけば行くほど、生命の神秘について、考えざるを得なくなっています。腸内細菌は、体にいい影響を与える「善玉菌」が2~3割、体に悪い働きをする「悪玉菌」が1割、善玉が増えれば善玉のように、悪玉が増えれば悪玉のようにふるまう「日和見菌」が6~7割というバランスが、理想的と言われています。
そのバランスは日々変化していて……連動して私のお腹の調子も、日々変化します(その様子は、日々の「お通じ」で確認できます)。しっかり野菜を食べて、適度な運動をしているときは見事な感じ、逆に肉やお菓子を食べすぎたり、不摂生をしていたりするときは、やはり残念な結果に。もちろん温度や湿度といった、天候にも左右されます。ぬか床と同じく、腸内環境も口にする食べ物や、体のケアによって、日々育てていくものなのですね。どっちも菌の集合体なわけですから。
「善玉菌がいい働きをするのであれば、悪玉菌を取り除いて、全部善玉菌にしてしまえばいいんじゃない?」と、素人は思いがちです。けれど悪玉菌をすべてなくしてしまうと、善玉菌はサボって働かなくなるらしく(!)、善玉菌をしっかり働かせるためには、悪役のような悪玉菌が必要なのですって。本を読んでそれを知ったとき、「なんか腸内環境って、人間社会と似ているな~」と思いました。ほら会社とかでも、「嫌な上司がいたりしたほうが、結果的には部署の売り上げがいい」とか、あったりしますよね。
ちょっと視点を変えてみると、私たち人間も腸内細菌のように、社会という大きな生物の細胞のひとつとして考えてみると、意識がいろいろと変わっていきます。ひとつの意見にどっと偏ったり、自分と同じような人ばかりと付き合ったり、あまり好きになれない相手を排除しようと思ったり。「それって健全なのかな?」と、暮らしのさまざまな場面で、点検してみるきっかけになると思うのです。
「多様性」は、私の好きな言葉のひとつ。おいしいぬか床を育てることはもしかして、どこかで自分の生き方を健全に保つ方法も、学んでいるのかもしれないな。ぬか漬け生活が3か月経過して、ふとそんなことを思います。免疫力は果たして上がったのでしょうか? 少なくとも、4月以来一度も調子を崩すことなく、元気な日々が続いています。私のまわりでも、ぬか床オーナーがすごい勢いで増加中。あなたも今年こそ、いかがでしょうか?
(プロフィール)
衣食住、暮らしまわりの書籍の編集、雑誌のライターとして活動する。からだとこころに関する取材も多く、フラワーエッセンスや漢方について勉強中。著書に『暮らしが変わる仕事』(誠文堂新光社)、『からだとこころを整える』(エクスナレッジ)がある。