Vol.4 「歩くことで、見えてきたこと」

Text : 田中のり子

「新型コロナ以後」の暮らしの、大きな変化のひとつが、ウォーキングがしっかりと習慣化されたことです。「歩かねば!」と、切実に思ったのは、その少し前。2019年末に漢方の先生を取材したとき、「『腎(じん)』を活性化させたければ、歩くのがいちばん手っ取り早いんですよ」と言われたのがきっかけでした。

「腎」とは、漢方でおなじみ「五臓六腑」の「五臓」のひとつ。「五臓」とは特定の臓器を差すのではなく、生命活動に必要な働きや機能を5つに分類したもの。「腎」は、元気のもとである「精」を蓄えたり、水分代謝の働きをコントロールしたり、モルモンの分泌に関わったりします。

私は取材などで体を診てもらうと「田中さんは腎が弱いですね~」と言われることが圧倒的に多く、「腎によい」とされる黒い食べ物(黒きくらげやひじき、黒米など)を意識的に食べたりしていたのですが、「ホントに効いているのかなあ?」というのが正直なところで……。それに引き換え、「何だ歩くだけなら、気軽にできそうじゃん!」と、目からウロコだったのです。な~んて言いつつ、「歩かなきゃな」「でも面倒だな」という状態のまま、ずるずると過ごしていたわけです。そもそも編集やライターというのは大部分が座り仕事で、ほおっておくとだいたい、下半身が弱々になっちゃうものなのであります。

そこへ、時間だけはたっぷりある、自粛期間がやってきました。予定していた仕事は次々に延期、中止、延期……。ぽっかり空いた時間に最初は、「予期せぬバカンスみたい~」と明るくとらえようとしてみたものの、世界中で増えていく感染者数をニュースで見るたびに、黒いもやもやがからだ中に広がっていき……夜中に突然ハッと目が覚めて、そのままドキドキして、朝まで眠れないという日も多くありました。眠れないのは、何だかんだと外出していた日々とくらべ、やっぱり圧倒的に運動量が足りてなかったのも理由なのでしょう。

そこで「よし!」と思い立ち、週に3~4回のペースで、近所に散歩をするようにしたのです。「2駅先のコーヒー屋で豆を買おう」「行ったことのなかった神社や公園に行ってみよう」などと理由をつけ、今日は南方に7000歩、翌日は西方に5000歩……という具合に。するとどうでしょう。気分は明るくなるし、ごはんもおいしく、夜もぐっすり眠れるようになって、いいことづくめ。不安でいっぱいだった4月とくらべ、すごく溌剌と5月の日々を過ごすことができたのです。

そうするうちに、「もっと『歩く』ということについて、知りたいな」と思うようになり、友人からノルディックウォーキングのインストラクター、黒木公美さん(*1)をご紹介いただき、取材をさせていただきました(*2 こちらの取材ページもぜひご覧くださいね)。 

ノルディックウォーキングとは、北欧・フィンランド生まれのフィットネスエクササイズの1種。専用のポールを使って地面を押し出すように歩くので、下半身だけでなく上半身の動きが加わる全身運動に。また、ポールを持つことによって、腹筋や背筋が伸びたきれいな姿勢になるので、猫背や腰痛の改善になり、二の腕やウエストの引き締め効果、バスト&ヒップアップ効果も期待できるのです。

さらにすごいところは、運動面だけでなく、心に与える影響。ノルディックウォーキングは緑豊かな公園や緑道、川辺や自然歩道など、自然と触れ合いながら歩くのが特徴。緑の中を歩くうちに、さまざまな脳内ホルモン、とりわけ「しあわせホルモン」として有名なセロトニン、オキシトシン、エンドルフィンなどが分泌されることが知られています。また、がんやウィルスを撃退してくれる白血球の一種、「ナチュラルキラー細胞」も活性化されると言われていますから、新型コロナ対策としても「緑の中を歩く」ということは、非常に理にかなっているのです。

私も取材でレッスンを受けたとき、あまりにも気持ちよくて、ランナーズハイならぬ、ウォーキングハイな状態になり……「肩甲骨と骨盤をしっかり動かして歩くと、こんなにからだに空気がめぐるんだ!」と、びっくり。終わったあとの数日間も、その心地よさがからだの中に残っているような気がして、会う人会う人に「ノルディックウォーキング、いいよ…!」と勧めまくっておりました(笑)。そして、黒木さんにも、プライベートレッスンを何度もお願いするようになってしまったのです。



以前の私は、毎朝「なんちゃって瞑想」をするのが習慣でした。白湯を飲んで、ストレッチをして、座禅を組んで目を閉じ、こころを落ち着けて、からだの状態を観察して……。それを10分ほどやることが、毎日の「心のお掃除」の役割を果たしていたのです。けれどもきちんとセオリーを学んだわけではなく、自己流だったせいでしょうか、自粛後には、何だか瞑想がすっかりヘタになってしまって、目を閉じても、雑念ばかりがぐるぐるリピートするようになっていたのです。

ところが歩いていると、あのリズミカルな反復がよいのか、数分後には必ず「無心」になれて、「いい瞑想ができたな」と感じたときと同じ状態に、いとも簡単に入れてしまうことに気づきました。さらに、姿勢は心模様にすごく影響すると言われていますが、胸をしっかり開いて颯爽と歩いていると、不思議と思考も、どんどん前向きになっていくのです。「何だ、歩けばよかったんじゃん!」。ここでも同じことに気づかされたのです。

ノルディックウォーキングは専用のポールが必要ですが、それでも他のスポーツとくらべれば、道具や装備は圧倒的に少ないです。そして歩くだけなら、本当に誰もが、いつでもどこでも、お金を使わずに始めることができます。「健康法」というと、ついつい目新しいものに目が行きがちですが、まずは歩いてみる、そして太陽の光や風の音、緑のざわめきなど自然を感じてみる。そうする中で、内側にある「元気を生み出す泉」のようなものを再確認することが、実は健やかさへのいちばんの近道なのでは……と、ここ最近強く思うのです。

(*1)黒木公美さんのサイト「IHANAノルディックウォーキングクラブ」
https://ameblo.jp/kumikuroki/

(*2)主婦と生活社のサイト「暮らしとおしゃれの編集室」内連載「からだ修行/「歩く」が、こんなに楽しいなんて!」
https://kurashi-to-oshare.jp/column/99126/

(プロフィール)
衣食住、暮らしまわりの書籍の編集、雑誌のライターとして活動する。からだとこころに関する取材も多く、フラワーエッセンスや漢方について勉強中。著書に『暮らしが変わる仕事』(誠文堂新光社)、『からだとこころを整える』(エクスナレッジ)がある。


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