第18回 
主婦 西村洋子さん



松本市内の北部、ゆるやかな丘から市街地を見下ろす緑豊かなエリアに暮らす西村洋子さん。お住まいは、ご主人のご両親が昭和30年代に建てた古民家です。壁に漆喰を塗ったり、キッチンを自分好みにリフォームしたり。畳の部屋には、インドの刺し子のラグやアフガニスタンのオールドカーペットが敷かれ、キッチンカウンターには庭で摘んだ花が生けられて。空間すみずみまで配慮が行き渡り、家全体が生き生きと呼吸をしているような、暮らしのディテールを細やかに楽しんでいる様子がうかがえます。

 そんな西村さんですが、数年前ご主人に先立たれたとき、喪失感から何もやる気が起こらず、家に引きこもっていた時期があったそうです。一緒に暮らしていた娘さんが気をもみ、いろんな場所に誘い出してくれましたが、なかなか元気が出ない。そんな固く沈み込んでいた心がようやく初めて動いたのが、市内の「ラボラトリオ」の店内に足を踏み入れたときだったといいます。

 「店内に置いてあるものひとつひとつが、心を込めて選んでいることがこちらに伝わってきて、カフェのお料理もとても美味しくて。心から『美しいな』と思えるものを目にして、滋味深い料理を口にしたことでハッとして、『このままじゃいけない! 私ももっと、1日1日を大切に生きなくては』と、思えるようになったんです」

 もう70歳を過ぎているから、先が見えているから、「適当でいいや」ではなく、だからこそあえて、より丁寧に、生活のさまざまな部分を、愛しみながら暮らしていきたい。ある人にとっては音楽であったり、ある人にとっては本であったり。西村さんにとっては、美しい暮らしの道具や、誰かのためを思って作られたシンプルな料理が、「生きる原動力」となったのです。

裁縫箱にしているオーバルボックスは、西村さんがその後も「ラボラトリオ」に通うようになり、手に入れたもののひとつ。「雑巾を塗ったり、ボタンを付けたり。大したことはしていませんが、こうやって素敵な箱に入れておくと、何とも言えず気分がいいんです」

年月を重ねた古民家とオーバルボックスは、木の素材感ゆえか、よくなじみます。これからも共に長く暮らしていく予感が、ある種の安心感にもつながっているようです。

「新建材の家は、古くなったらすぐに壊してしまうようですが、『木の家は、枠組みさえしっかりしていれば、いかようにも蘇ります』と、わが家をリフォームしてくれた大工さんがおっしゃっていました。キズがついたり、色が褪せてきたり、そういうことが味わいになり、歴史になっていく。そういう家や道具と一緒に生きていくことは、本当にしあわせなことだと私は思っています」



OVAL BOX #2)

右上は三度黒のオーバルピンクッション。左上はダルマ印の手縫い糸。イギリス・ウェールズ発の「マーチャント&ミルズ」の糸きり鋏は、自分でタッセルを付けたそう。中段は毛糸類、指抜き、リッパー、下は同じく「マーチャント&ミルズ」のメジャー、ゴム通し。



(プロフィール)

長野県松本市生まれ、結婚後も市内に暮らす。好きな言葉は「ていねいな暮らし」。「贅沢をすることではなく、暮らしのさまざまな場面で手をかけることが、心の豊かさにつながるように思います」

 

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