第13回 「ジェネラルストア84」顧問
大田康子さん



 まもなく80歳になられる大田康子さんは、かつて高校の家庭科の先生でした。昭和38年から定年の64歳まで42年間、たくさんの教え子とともに、充実した教師生活を送っていたそうです。


「家庭科は他の教科と違い、受験や成績に必要と思われにくいイメージでしょうか。ですが家庭科って、人間の生活の基本である衣食住、家庭経済を学ぶ学問。人が幸せに生きていくために必要な知恵を学べる教科なんです。この頃は家庭科というと料理中心のカリキュラムになってしまったけれど、昔は縫い物に編み物、『家というものはどうあるべきか』と、建築学的な勉強も含まれていたんですよ。20代の頃は既製服も少ないから、服や下着も縫っていましたし、家を建てたときも、大まかな設計は私がしたんです。ずっと手を動かしながら学んできた人生ですから、編み物やレース編みは手が覚えていてすいすい進められますし、目が悪くなった今も、勘で針に糸を通せます(笑)。私のみじん切りは『フードプロセッサーより細かい!』なんて、家族に言われるんですよ」

現在は新型コロナの流行によりお休みをしていますが、退職後はまわりの友人たちに請われ、自宅で料理教室をしていたことも。今は、同居する息子さん家族の食事を作り、「脳の活性化を楽しんでいます」。台所に貼った「一日に摂取すべき栄養所要量」を見て、食材の重さをスケールで計りながら、日々包丁を握っているそうです。お得意料理は、ひじき煮にラタトゥイユ、ハンバーグ、鯖そぼろ……。家庭料理ならではのラインナップが、家族の健康を支えています。

愛用のオーバルボックスは、息子さん夫婦が営む「84」で、2016年に開催された個展で購入したもの。赤と青のミルクペイントが施されており、裁縫道具や薬類などが収められていました。

「ここのところ裁縫関係は、ミシンは使わず手縫いばかり。孫が保育園で使う帽子や布ものに刺繍をしたり、クッションカバーを縫ったりしてね。私は何せ、赤が好きなんです。服も赤だし、広島人だから、カープファンでもありますし(笑)。明るい色は元気が出るでしょう」



康子さんは30代の頃、夏休みを利用して、ヨーロッパを訪れたことがあるそうです。1ドルがまだ270円の時代に、数多くの教会や貴族の館を訪れ、ヨーロッパは「石の文化」であること、その一方で日本の「木の文化」であることに改めて感じ入りました。

「すぐに燃えるし、耐久性がないと言われていますが、木は呼吸しているせいか、なぜかほっと心が安らぎますね。結婚して、家を建てたときも、『やっぱり木がいいな』と木造に。裁縫箱も、セルロイドの箱やクッキーの缶などを利用した時期もありますが、やっぱり木は手に持ったときの重さもいいし、落ち着きます」。

康子さんが成人するまで、そして子育てをしていた頃は、日本が少しずつ豊かになっていく時代。たくさんのものは買えないから、だからこそ買うときは「いいもの」を。康子さんが「これ」と選ぶ基準ははっきりしていて、迷いやブレがないそうです。が、やはり値段のいいものを買うときは勇気がいりました。

「結婚したばかりの頃にどうしても欲しい鍋があって、それが当時でも1万5000円したものだったんです。4000~5000円程度のアルマイトの鍋を使っていた時代ですよ。ありがたいことに夫は『買えや(※広島弁です)』と、背中を押してくれる人だったんです。手にしてみると本当に使い勝手も見た目もよくて、長く愛用させてもらいました。30年ほど前に買ったカシミア素材のニットも、軽くて温かくて、ずっと手元に残っています。『いいもの』を買うほうが、長い目で見たら、無駄なお金を使わないで済むのよね。このオーバルボックスも、そういう『いいもの』だと私は思います」



(OVAL BOX #5 ミルクペイント 赤)

「ダルマ」や「おふく」の手縫い糸、「フジックス」のミシン糸、「クローバー」や「三条本家みすや針」の縫い針など。使わなくなった柄のハンカチは、ちょっとした部分のあて布に活用します。


( OVAL BOX #4  ミルクペイント 青)

刺繍のピンクッションは友人からのプレゼント、パッチワークのほうはお手製。30~40年使い続けている編み棒、ドイツのヘキストマス社のメジャー、ブルーのハンカチもあて布に活用。左下の「ビクトリノックス」のハサミは、元教え子で、のちに同僚となった友人からのスイス土産。「よく切れるんです。使うたびに彼女のことを思い出します」



(OVAL BOX #4 ミルクペイント 赤)

ベッドサイドに置いている薬箱。マスクはすべて手作りで、友人たちがプレゼントしてくれたもの。いたって健康体なので、入れているのは喉スプレーと虫さされ用薬くらい。


(プロフィール)

1963年から高等学校の家庭科の教師を務め、64歳まで教鞭を執る。その後は息子である大田浩史さんの営む、日用品や食材を扱うセレクトショップ「ジェネラルストア84(ハチヨン)」(広島市)をサポートしつつ、お店で扱う食材を使って、家庭料理のレシピ作りを楽しんでいる。

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